魅力、個性化、そして差別化における深層心理学的接近ー深層心理学的差別化戦略34

前回は個人的無意識が個性化に及ぼす影響を見ていくことが重要であるとの見解を示しました。これには異論が多く集まるかと思います。意識、個人的無意識、集合的無意識のうち、どれが一番重要なのかなど、ユング心理学においてはナンセンスであり、全てのバランスが重要であると考えるのが一般的です。しかしながら、個性、いわゆる集団の中でなじみながらも光る何かが見える人という、このような表現しがたい自己実現した人を分析していくときの尺度として、その人の過去を知ることは非常に重要であり、ここを手掛かりに探っていくのが存外に近道だったりしますから、その意味で個人的無意識の影響を見ていくのが良しとしました。そこで、個人的無意識とは何かを軽く復習したのちに、個人的無意識が他の意識とミックスされたときにどのようになるのかを考えてみようと思います。

個人的無意識は個人が経験し体験したことを通じて蓄積された意識であります。ですから、私は42年に渡り生きていますが、42年分の全ての行動が無意識として蓄積されております。ではなぜ無意識なのかというと、42年分の全ての行動を全て記憶し、鮮明に記憶として蘇ることがあれば、人間は生きていけないからです。例えば、大学受験の辛さを死ぬまで鮮明に覚えていては、試験辛いになってしまい、試験恐怖症となってしまいます。また、足の小指を柱で打ち付けた時の痛みが永久に続けばそれだけでも生きるのが辛くなってしまいます。ですから、意識化せずして意識として残るようになっておりまして、このような現象を一般的には忘れるといっております。この忘れるという行動があるからこそ人間は生きてゆけます。

個人的無意識は何も嫌なことだけを蓄積していく場所ではなく、良いことやうれしいことも蓄積します。これも考えてみてください。常にうれしいことだけが心の底から湧いて出てくるような生活は一見すると幸せそうに見えますが、例えば、満腹感が永久に続いた場合、食欲が減退し、体力が弱りますし、うれしい状態が続きすぎて笑いっぱなしになると、逆に苦しくなってしまいます。このように、個人的無意識にはいいことも悪いことも全て組み込ますが、それらが簡単に意識化できないようになっており、そのことが逆に心のバランスをとるようになっております。個人的無意識というのは簡単に説明しますとこのようになります。

前述のように、個人的無意識は個人の経験や体験から醸成される無意識であり、しかも過去の出来事の集合体ですから、主体の個性を導いていくことに関して大きく影響を及ぼします。個人的無意識がなければ、太古の意識と今現在の最新の情報しか持ち合わせることしかできず、判断ができなくなってしまいます。なにより、自分の考えを作り出すことができず、個性とは程遠い存在となってしまいます。では、個人的無意識はそれほど優れたものかといえば、弱点もありまして、歴史があるがゆえに閉鎖的になる場合などがこれにあたります。生きているうちにいろいろな知識や経験を積むことは大変すばらしいでことですが、自我が何か新しいことを見つけようとしたとき、個人的無意識はこれまでの経験則に従い、ストップをかける場合があります。こうなると行動を起こしたい自我と行動を止めたい個人的無意識が同時に作用し、ここで退行という現象が起こります。退行とは行動がストップしてしまう現象のことですが、こうなるというまでもなく大変なことになってしまいます。これとは逆の現象もあります。自我は現状ではストップを指令していても、個人的無意識はサインを出している\xBE

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元型というのは太古の心のありかたであり、未分化な心の状態のことを指します。例えば、ディアナコンプレックスをもった女性がアニムスと結合し、それが自我によって自覚されたとき、あまりにも強い男性性が表出化することになります。このような状況にまでその女性をさせてしまう社会にも問題があるのですが、それが自覚できないことや、周囲もそれに対する理解や知識の不足により当人は非常に苦しめられることになり、そして最後は事件を起こしてしまうようなこともあります。逆に、ディアナコンプレックスがなさすぎる女性は自立心が足りないために同性から相手にされないことが多く、よって個性、ここではその主体の特徴を見つけ出すことが困難であり、それゆえに現代社会では生きていきにくい個性を発揮することになります。

このように、集合的無意識は人間であればだれにでも備わっているものであるがゆえに変えることはできません。自我は過去から現在を含め、どのようにコントロールするかが主な機能ですから、そうなると主体の個性を大きく特徴づけるのはやはり個人的無意識ということになるのではないでしょうか。こうなってきますと、このシリーズのタイトルである魅力や差別化などは、やはり個人的無意識、要するに経験や体験を多く積み、そこから集合的無意識を組み合わせ、自我がそれをうまく統合することにより実現していくのではないでしょうか。大切なことはやはり自分らしくあることだと思います。なぜなら、生きてきた履歴を積み上げることはできますが、変更することは理論上不可能ですから、この部分を活かしながら個性化を目指すというのが妥当であると考えております。

このように考えますと、最近になってよく経営学において話題となるオープンイノベーションについても答えが見えてくるような気がします。オープンイノベーションは第三者がイノベーションにかかわる概念ですが、個性化という視座からするとオープンイノベーションは製品開発のプロセスを大幅に狂わせる危険性があり、破滅に向かわせる危険性が高くなるのではないかと思います。また、多くの知恵が集まった結果、開発者の意図が全く消え去ってしまい、換言すれば、個人的無意識の層が故意に操作され、それ故に、故意に操作された無意識という認識の下で自我が活動しだすと、大変な状況となるのは簡単に想像できます。みんながそういうから仕方なくとなると、その瞬間に個性は逃げて行ってしまいます。逆に、この危険性をあらかじめ理解しながらであれば、たくさんの知恵が詰まったという個性を発揮でき、素晴らしい製品が生れるかもしれません。

次回は個人的無意識という視座における魅力、個性化、差別化について議論を行おうと思います。ご高覧、ありがとうございました。