バッハ パルティータの魅力 アルマンドって何?

朝日カルチャーの講座“バッハ パルティータの魅力 アルマンドって何?”を受講して来ました。

主に解説をしていたのは、ピアニストの上杉春雄氏。補足解説者として、音楽プロデューサーの中野雄氏。それに、ヴァイオリニストの前田朋子さんがプラスされ、実際に音楽を演奏したりして、解説もする・・という形式でした。なので、分かりやすかった。

以前は、須永朝彦氏の講座を良くとっていたが、今は映像もPCから直接モニターへ映す方式なのですね。私が須永氏の講座をとっていた頃は、映像はビデオだったよ・・・。時代は進んだんだねぇ。

音楽の講座を取ったのは初めてだった。須永氏は主に文学と歴史と芸能(歌舞伎が主)だったし。

アルマンドが舞踏曲というのは、何となく知っていたのですが、まさか“踊らない舞踏曲になってしまったものだった”というのは知らなかった。

アルマンドは、そもそもドイツで作られたらしい。最初のアルマンドは、2拍拍子で、次が4拍拍子。行進曲みたいだった。その頃のっぽいダンス・・というのを見せられたのだが、何か、ただ歩いてるだけ・・・。「これ、踊ってて楽しいのか?」と思ったら、上杉氏「まぁ、当然、これを宮廷で踊るってコトはないワケで・・・」 そうだよね!だって、つまんなそうだもん!(オイ) これは、どうやら主に庶民が踊ってたらしいのだが、それも良く分からないらしい。

で、フランスに入って、発展していく。これが16Cくらい。

2拍拍子から、3拍拍子になるのだが、この1拍分は何かといえば、“跳躍”なんだそうです。ピョンと飛ぶ。こういう飾りがついていく。

で、この当時のダンスに近い物・・・という映像を見せてもらったのだが、男女が手を交差して組んだり、密着度が高くなる。飛び跳ねるし、ダンスっぽくなる。男女が密接して、ちょっと下品な感じになるのだが、こういうのを貴族が踊ってた。

で、頭の上で手を組んだり、変な手の組み方したりするのだが、一説にはコレは、フランス人がドイツを侮蔑してる・・ってのがあるらしい。「こんな変な手の組み方して、ドイツ人って変ね!」ってコトらしい。

なんだよ、フランス人!オマエら、自国の文化が1番だと思いやがって!オマエら、イタリアから食事のマナーが入ってくるまで、手づかみで食ってたじゃん!とちょっと言いたい私です(笑)。

でも、この辺り、おフランスっぽいよな(^_^;)。

ダンスの時に、ルイ14世の話が出て、テンション上がる。知ってるぞ!踊りキチガイな王様だよね?“王は踊る”っていう映画もあったよね?

この王様、ガチで踊りキチガイだったらしく、彼の命令で、マルスの間というダンスルーム作るは、目をかけてた振付師フイエに言ってダンス学校作るはしたらしい。で、当時のダンスはシンメトリーが基本だったそうな(舞踏譜も見せてもらった。確かにシンメトリーだった)。宮廷の庭園にはシンメトリーが多いよね?シンメトリーブームか?

で、このアルマンドって、17Cに入ると、殆ど踊られなくなるんだそうです。1640年以降、公式には踊られたという記録はほぼないと。因みに、舞踏譜も残っているのだが、コレは1番古い物でも18C初頭のモノで、17Cの半ば〜後半のアルマンドの踊りはどうなっちゃったか不明なんだそう。

で、おそらく、こっちの方がイメージとして強い、鍵盤楽器アルマンド

で、私ゃ、ここで吃驚するのですが。

同じ鍵盤楽器でも、チェンバロとピアノって、まるで違うんだそうな。

ピアノは、鍵盤を叩くと、ピアノ線をハンマーが叩いて音が出る、ようは打楽器。

チェンバロは、鍵盤を叩くと、爪で弦を引っ掻いて音を出す、ギターと同じ撥弦楽器。つまり、ギターを横にして鍵盤をつけたものがチェンバロだったという。

ええ〜!チェンバロって形はピアノっぽいのに、ギターの仲間なの?

そういや、チェンバロって、音はシタールっぽいよね?とは思っていたが・・・。

で、当時(17C〜18C)の感覚としては、チェンバロは、リュートを横にして鍵盤をつけた物という認識だったらしい。

で、リュート音楽をチェンバロ楽曲にしたような作風を“リュート様式”というらしい。

バッハの2代上のフローベルガーという人が確立した・・と言っていた記憶が。で、この特徴は、分散和音なんだそうな。通常、ピアノなら和音でドミソと弾くところを、分散させて、リュートで弾くように、ド、ミ、ソーとバラして弾く。

ああ〜。コレは分かるぞ。バッハの曲で、タラララ、タラララやたら、飾りがついてる曲あるな!って思ったら、あれは、リュート様式っていう様式だったのか。

あいまいな旋律や、定型的なリズムパターンを嫌ってそれを崩すという特徴もあるらしいのだが、上杉氏(だったかな?)が、コレもお国柄ジョークみたいな感じで言われているのが、ドイツは型に嵌った形式を好むも、フランスは、型通りにやりゃしねえ・・っていうのがあるらしい(^_^;)。

で、アルマンドも、1拍の中に色々つめて、その結果、テンポは遅くなった・・と。

今回、演奏した演目。

ラモー:クラヴサン曲集(1724年)より、アルマンド

フローベルガー:「荒れ狂うライン川を小船で渡りながら作曲したアルマンド

バッハ:リュート組曲BWV996より、アルマンド

コレルリ:ヴァイオリンソナタ作品5−8より、アルマンド

イザイ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第4番より、アルマンド

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ1番

バッハ:クラヴィーア練習曲第1巻(パルティータ)より、1番

組曲では、テンポの遅い、2拍子、4拍子とテンポの速い3拍子を組合わせたらしい。色んな曲調で踊るってコトらしいのだが、17C半ばには、器楽音楽として“アルマンドクーラントサラバンド〜ジーグ”という組曲の定型になる。17C半ばからアルマンド踊らなくなっちゃうもんね。器楽音楽として残るのか。

ラモーの『クラヴサン曲集(1724年)より、アルマンド』は、オリジナルのアルマンドがまだ残ってる状態の曲らしい。

フローベルガーの「荒れ狂うライン川を小船で渡りながら作曲したアルマンド」。このフローベルガーさん、曲に妙ちきりんなタイトルを付ける人らしい。何か、他にも、「アンタ、人間関係で何かあったんか?」と心配になるようなタイトルの曲があった(^_^;)。

コレルリ:ヴァイオリンソナタ作品5−8より、アルマンドコレルリさんは、ヴァイオリンの達人。ストラディヴァリウスの初期で演奏してたと。その前に、アマディはあったらしいが。ルネサンス時代のトップで、軽やかになると。

で、ちょっと時代をすっ飛ばして、イザイの『無伴奏ヴァイオリンソナタ第4番より、アルマンド』。イザイは19C後半〜20C初頭の人なのだが。バッハのパルティータを聴いて、衝撃を受ける。「音楽はこの200年、このバッハを越えてないじゃないか!ならば、俺が作って越えてやる!」と、分散和音が出てくる音楽を作る。確かに、タララララ〜ンの分散和音のリュート様式がバッハっぽい。ようは、クラシックな感じね。クラシカル。前田さんの演奏付き。前田さんも、「タラララ〜ン」がリュート様式っぽいと言っていた。

で、そのイザイさんが聴いて吃驚した、バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ1番』と『クラヴィーア練習曲第1巻(パルティータ)より、1番』(前田さんが、ヴァイオリンで演奏してくれた)

で、これをバッハが作ったのは、前者が1720年くらいなのだが。ここで衝撃事実。バッハはヴァイオリンが下手だったらしい。なので、こんな難曲をバッハが弾けたとは思えないと中野氏。因みに、バッハはヴィオラは上手かったらしいのだが、中野氏&上杉氏「ヴィオラが上手いは、誉め言葉になりません。」と。

ここで、私、さらに衝撃。ヴィオラとヴァイオリンにそんな格差があったなんて、全然知らなかった・・・。

中野氏自身がヴィオラ奏者らしいのだが。「僕は、最初、ヴァイオリンやってたケド、どんどん上手い人が出て来て、第1ヴァイオリンから落ちて、第2ヴァイオリンから落ちて、誰も構ってくれなくなって、どうしようかな?って思ってたら、『ヴィオラをやれば?あんなの誰もやりたがらないから。』と言われて、ヴィオラをやった。」と。

ええ〜!そんな格差あんのぉ〜。ヴィオラって、ヴァイオリンの一回りデカイやつ・・くらいの認識程度しかなかったので、本当に衝撃。そんなに弾き方に違いってあんの?それとも、マイナー楽器だから、ただ人気がないだけ?

上杉氏が教えてくれた、オーケストラの鉄板笑い話。

あるヴィオラ奏者の元に神様が来た。神様は何でも願いをきいてくれると言う、そこで、そのヴィオラ奏者は「ヴィオラが上手くなりたい」と願った。すると、有名なオーケストラのヴィオラ奏者になった。再び神様が来た。ヴィオラ奏者は「もっと上手くなりたい。」と願った、。更に有名なオーケストラのヴィオラ奏者になった。又、神様が来た。やはり「もっとヴィオラが上手くなりたい。」と願った。更に有名なオーケストラのヴィオラ奏者になった。また神様が来た。彼は同じく「もっとヴィオラが上手くなりたい。」と神に言った。

あくる日。彼は、1番最初にいたオーケストラの第2ヴァイオリンの1番偉い人の後ろに座っていた(ようは、ヴァイオリニストになったという意味)。

これって、つまりは、超有名なオーケストラのヴィオラ奏者でも、そんなに有名じゃないオーケストラの第2ヴァイオリンより下なんだよ・・って言う意味だよね?どっしぇ〜。

でも、いわいのぶこさん(かな?)という人がヴィオラ奏者として登場し、それにより、ヴィオラが現在人気になったと。「彼女の出現で、ヴィオラ界が変わった。」らしい。へぇ〜。

鍵盤楽器は、そんな格差みたいなのあるのかな?

例えば、ピアノが1番偉くて、オルガンは格下とか・・・。私、ピアノ習ってたケド、そんな話聞いたコトないのだが・・・・。それとも、ヴィオラとヴァイオリンの関係性だけなのかな?

バッハの話に戻す。バッハはヴァイオリンは下手だったらしいが、チェンバロは上手かったらしい。でも・・・バッハさん。これって、ヴァイオリンのためのパルティータって書いてあるよね?自分が弾けないレベルの曲を作曲したってコト?

『クラヴィーア練習曲第1巻(パルティータ)より、1番』はバッハ40歳の作品。

バッハまでは、貴族がユーザーだった為、気品があり、ノーブルな感じがあると。モーツァルトベートーヴェン辺りから、ユーザーが庶民になるので、作品からノーブルさが消えていくんだそうな。『民主主義は気品を犠牲にしてなりたつ。』という言葉があるらしい。

ようは、貴族は、領地があって、働かなくて良くて、だから、時間は腐るほどあって暇で、「さぁ、じゃあ、何をしよう」というところから出発するから、そこで、ダンスや音楽が必要になり、それが作られていく。そもそもの発展の仕方が庶民とは違うよね。庶民は、働いて、時間がない中でやってんだもん。

気品がなくなる・・・っていうのは、ようは、分かりやすさじゃないのかな?と私は勝手に解釈している。

絵だってそうじゃん。宮廷では、知識が必要な歴史画(題材がギリシャ神話等)や、宗教画を飾るコトが多いケド、庶民が画家を支えたネーデルラント・・オランダ・・では、風景画や静物画、風俗画が発展するじゃん。そういうコトじゃないのかな?

次回は、1月くらいにまた、バッハの講座をするらしいです。

ただ、前田さんは基本、活動拠点がウィーンで、7月は日本で自分のコンサートがある為、一時帰国しているので、この講座に出てくれている。1月に出るかは、まだ分からないらしい。

結構面白い講座でした。アルマンド。舞曲だったのに、いつのまにやら踊らなくなり、器楽組曲になる。妙な運命を辿ったジャンルなのかもね。

おまけ。講座は住友生命ビルでやる。通称三角ビル。窓から見える吹き抜けが面白い。