ゴマダラカミキリ

先日ゴマダラカミキリを見た。珍しくもなく子どもの頃から馴染みのある昆虫だが……なんだかとても大きく立派に感じられた。

「でかい……ゴマダラカミキリって、こんなに存在感があったかなぁ?」──と、ちょっとフシギな感覚にとらわれた。というのも、カブトムシやクワガタなど、子どもの頃になじんだ昆虫は大人になってから見ると意外に小さく感じることが多かったからだ。

■《子どもの頃見た昆虫はもっとデカかった》感

僕は虫屋ではないが、子どもの頃には夏休みになるとカブトムシやクワガタを捕ったりしていた。虫捕りは当時の(?)子どもの遊びの1つだった。捕ったり飼ったりするのはカッコイイ昆虫限定。カミキリもその対象だった。カブトムシ♂のツノやクワガタ♂の大顎、シロスジカミキリやゴマダラカミキリの首(前胸)両側に突き出したいかつい突起はカッコ良く映った。当時「カミキリ」と言えば頭に浮かぶのはシロスジカミキリやゴマダラカミキリ──馴染みのあるこれらが「カミキリ」のスタンダードだと思っていた。だから、シロスジカミキリ(体長45〜52mm)に比べてゴマダラカミキリ(体長25〜35mm)は「小さい方のカミキリ」という認識でいた。

「大きい方の」シロスジカミキリは最近ほとんど目にしない。しかし、ゴマダラカミキリはしばしば見かけ、改めて「キレイでカッコイイ昆虫だな」と感じたりしている。

木を食害するので農家や園芸家などからは《害虫》と目の敵にされがちな昆虫だが、生木を弱らせたり枯らしたりするカミキリも、自然の中では森林の更新を促し生態系を活性化する役割りを果たしてきたのかもしれない。《害虫》というと《悪い虫》と思われがちだが、それはたまたま《ヒトにとって都合が悪い虫》というだけのハナシであって、何も昆虫に悪意があるわけではない。《害虫》も《益虫》も生き物としての活動にさして違いは無い。

さて、僕の場合は虫捕りは主に小学生時代の遊びで、その後は昆虫フィールドから慣れていたのだが、大人になり、甥っ子が昆虫に興味を示すようになった頃、カブトムシを捕りに連れて行ったりした。久しぶりにカブトムシやクワガタを見て感じたのが、「昔はカブトもクワガタも、もっとデカかった気がするなぁ……」ということ。その後、虫見をするようになったのだが……総じて子どもの頃に見た虫は……大人の目には(子ども時代の印象に比べて)小さくなったように感じられた。

これは久しぶりに訪れた小学校のグラントや校舎、廊下や教室、机・椅子が小さく感じられるのと同じだろう。子どもの頃に比べて体が大きくなっていることから生まれるギャップ──目線の高さも変わっているし、同じ空間を移動するのに要する歩数も少なくなっている。身体感覚でとらえていた「大きさ・広さ」は、基準としていた体が大きくなったことで、相対的に小さく感じられてしまう。単純化して……身長が2倍に成長したとしたら、(かつて過ごした小学校のグランドや校舎等は)成長した体の比率でいえば広さ(面積)で4分の1、大きさ(容積)で8分の1になってしまう。久しぶりに訪れた小学校の廊下や教室、机や椅子が小さく感じられるのは、きっとそのためだ。

子どもの頃になじんでいた昆虫が、大人になってから見ると小さく感じられるのも同じ理由からだろう。子どもの小さな手で持ったカブトムシは大人の手でつまんだカブトムシより相対的に大きく感じられるのは当然なのかもしれない。

この《子どもの頃見た昆虫はもっとデカかった》感──体感印象のギャップは継続的に昆虫を見続けてきた虫屋さんには、あるいはない感覚かもしれない。

大人になって虫見を始めると、子どもの頃は気づかなかった小さな昆虫が多いことに驚いた。虫捕り遊びをしていた頃に「昆虫」として認識していた虫は昆虫の中でも目立つ大型の種類ばかりだったことを知った。

子どもの頃に「カミキリ」の基準だったシロスジカミキリ(45〜52mm)やゴマダラカミキリ(25〜35mm)はむしろ特大級で、カミキリのほとんどはもっとずっと小さいことを知った。5mmに満たない極小カミキリの存在を知ったときには驚いたものだ。

ゴマダラカミキリは大きなもので35mm、これに対してニイジマチビカミキリの小さな個体は3.5mm。体長の比率で言うと10分の1ということになる。体長が10分の1というとボリュームも10分の1とイメージしがちだが、仮に同じ形をしていたとすれば、体積的には1000分の1ということになる。実際にはゴマダラカミキリの方がガッシリした(幅広の)体型をしているので体積(あるいは体重)はニイジマチビカミキリの1000倍以上だろう。一般的に動物は大きくなるほど体型がガッシリし体を支える脚は太くなりがちだ。理屈でいえば、同じ形(&密度)のまま体長が10倍になれば体重は1000倍になるが、それを支える脚の断面積や筋肉の断面積は100倍にしかならない。単位面積当たりの体重負担は10倍になってしまうわけで……これでは強度不足になってしまうから脚や筋肉の断面積を増やすためにゴツつなることが必要となるのだろう。

極小カミキリを含め、子どもの頃には見たことがなかった多くのカミキリと接するうちに《カミキリの標準サイズ(?)》の認識が大きく修正されたためだろう──先日見たゴマダラカミキリは、とても立派でデカく感じられた。

ところで……僕が子どもの頃に活躍していた人たちで逝ってしまった人は多い。恩師や友人も減っていき、「かつてのあの姿を見ることは、もう無いのだなぁ」としんみりすることも少なからず。町並みも変わっていき、自分自身も老朽化が進んでいく……。「世の中は移ろっていって、子どもの頃になじんだものは皆、遠いところへいってしまった」──そんな喪失感を覚えがちな昨今。子どもの頃に馴染みのあった昆虫を見かけると「変わらずに存在しているもの」と出会えた感慨のようなものを感じないでもない。

ゴマダラカミキリが意外に大きく感じられたのは、そんな「感慨」→「存在感(の大きさ)」が投影されている部分があるからなのかもしれない。

余談だが、甥っ子を連れてカブトムシを捕りに行った頃に撮った動画↓。カブトムシが重要な役割りをする!?

(カブトムシをとりに行ってヒーローに抜擢され、カブト手裏剣でピンチを逆転)

●ミラクル☆キッド〜実写版〜

http://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/6784087.html

※同じ内容のブログ↓

ゴマダラカミキリに思う…

https://blogs.yahoo.co.jp/ho4ta214/38218080.html

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